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おおごえ大乗寺『こころの栄養』~MEMORANDUM~

 日常生活において、記憶に留めておきたい言葉に逢うことが偶々ある。しかし私が還暦を過ぎて齢を重ねるごとに忘却したり、メモしたものを紛失したりすることが増えてきた。
 他人とっては他愛もないことであっても、自分にとっては大切であり、感動を覚えたことをメモしておこうと思い立ち、ここに記すことにした。
 珠玉の稿を目指すものではない。自分の心をいくらかでも高めるための栄養になれば嬉しい。
 極端に言えば新聞の切り抜きでもよい。新聞やテレビの情報をもとに自分の提言をしてもよい。それらをメモして人間形成の一助としたいと勝手に考えた。
 研究課題の問題の吐露を書くかもしれない。前進せずに後退したとしても、前を向いて懸命に進み続けたいものだ。
 何もせずにじっとしてはいられない。淀んではいられない。この「いのち」はいつまであるか分からないのだ。私の脳の海馬に刻みつけたいことは何でも記したいと思う。
 随時に記すこととして、自分自身の教養を広げ、心の栄養としたいと切に願うものである。

大乗寺住職 干河岸昭信 (福島県田村市大越)

2007年2月11日(日曜日)

いろは歌の意味するもの

カテゴリー: - admin-enjuji @ 10時27分37秒

「いろは」の順序ではじまる記号は、建築現場での木材の墨つけの順番などに使われるなどのほか、今では殆ど見られなくなった。

その順序を覚える手習いとして、47文字からなる「いろは歌」がある。

これは弘法大師作といわれていたが、亡くなった後の平安中期、作者不詳であるという。

私は中学時代この歌の意味に興味を持ったこともあったが、あまり歌われる歌でもなかったので深く考えることもなく過ぎてしまった。

 色は匂えど散りぬるを
 我が世誰ぞ常ならむ
 有為の奥山今日越えて
 浅き夢みし酔ひもせず

「一切衆生悉有仏性」(一切の衆生は悉く仏性を有す)ということが書いてある有名な『大般涅槃経』に「施身聞偈」とか「雪山偈」「諸行無常偈」といわれる言葉、「諸行無常・是生滅法・生滅滅已・寂滅爲樂」がある。

これを翻訳したのがこの「いろは歌」であると言われる。

「諸行無常」…一切の因縁によって起こる現象は常に生滅変化して常住のものではない。
「是生滅法」…諸行無常は、生まれて滅ぶという真理である。
「生滅滅已」…生まれたり滅したりすることに煩わされることが滅し止むことである。
「寂滅爲樂」…煩悩がなくなって痛くも痒くもなくお腹が減ることもないというわけではなく、三毒の煩悩に煩わされることがないということである。

お経の話は次の通りである。

バラモンの雪山童子(前世の釈尊)が雪山(ヒマラヤ)で衆生利益のために苦行をしていた。帝釈天はそれが本気か疑念に想い羅刹に身を変えて「諸行無常 是生滅法」の前半の偈を高らかに唱えた。

これを聞いた童子は、後の半偈を是非聞きたいと懇願した。そうすると羅刹は「私は腹が減っているが、私の食べ物は人肉で、飲み物は血である。あなたを食べさせてくれるのなら、後の半偈を聞かせてやろう」と言う。

これを聞き終わった童子は、この偈を辺りの岩や壁や木に書きつけて、約束通り身体をあげるために高い木に登り身を投げた。

これを見た羅刹は帝釈天に戻って、空を飛び童子が落ちる寸前に受け止めて、地上に置き「あなたは真の菩薩です。将来あなたが悟られた時は、ぜひ私をお救いください。」とひれ伏したということである。

真実に目覚めると、苦悩の根源は三毒の煩悩であることがわかる。つまり貪欲(むさぼり)、瞋恚(いかり)。愚痴(おろか)であった。これらの煩悩に煩わされることがなくなる道が仏道であることを教えている。


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