400th Anniversary

Special Thanks

Main Menu

Admin Log In

ユーザ名:

パスワード:


SSL

おおごえ大乗寺『こころの栄養』~MEMORANDUM~

 日常生活において、記憶に留めておきたい言葉に逢うことが偶々ある。しかし私が還暦を過ぎて齢を重ねるごとに忘却したり、メモしたものを紛失したりすることが増えてきた。
 他人とっては他愛もないことであっても、自分にとっては大切であり、感動を覚えたことをメモしておこうと思い立ち、ここに記すことにした。
 珠玉の稿を目指すものではない。自分の心をいくらかでも高めるための栄養になれば嬉しい。
 極端に言えば新聞の切り抜きでもよい。新聞やテレビの情報をもとに自分の提言をしてもよい。それらをメモして人間形成の一助としたいと勝手に考えた。
 研究課題の問題の吐露を書くかもしれない。前進せずに後退したとしても、前を向いて懸命に進み続けたいものだ。
 何もせずにじっとしてはいられない。淀んではいられない。この「いのち」はいつまであるか分からないのだ。私の脳の海馬に刻みつけたいことは何でも記したいと思う。
 随時に記すこととして、自分自身の教養を広げ、心の栄養としたいと切に願うものである。

大乗寺住職 干河岸昭信 (福島県田村市大越)

2007年1月25日(木曜日)

湯川博士を偲ぶ

カテゴリー: - admin-enjuji @ 18時48分40秒

昭和24年、42歳で日本初のノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士(1907〜1981)は、今年1月25日で生誕百年を迎える。

当時の新聞には、博士の昭和9年(1934)10月9〜12日の日記に、中間子論の着想を示す記述、γ-ray(ガンマ線)の言葉があり、思案や議論をした様子が書かれていることを報じている。

当時は、原子核が陽子と中性子でできていることが判ったばかりで、それらがなぜバラバラにならないのかが謎だったが、新粒子の理論を導入するとうまく説明できると発表した。それが同年11月であり、27歳の若さで中間子という考え方の芽が出ていたことになる。

私が博士の講演会で聴講した40年前、ラッセル・アインシュタイン提唱による核兵器のない世界の実現に署名して、平和運動をされていたことを懐かしく思う。


コメント

このコメントのRSS

この投稿には、まだコメントが付いていません

コメントの投稿

ごめんなさい、現在コメントを付けることは出来ません

13 queries. 0.008 sec.
Powered by WordPress Module based on WordPress ME & WordPress

Links