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おおごえ大乗寺『こころの栄養』~MEMORANDUM~

 日常生活において、記憶に留めておきたい言葉に逢うことが偶々ある。しかし私が還暦を過ぎて齢を重ねるごとに忘却したり、メモしたものを紛失したりすることが増えてきた。
 他人とっては他愛もないことであっても、自分にとっては大切であり、感動を覚えたことをメモしておこうと思い立ち、ここに記すことにした。
 珠玉の稿を目指すものではない。自分の心をいくらかでも高めるための栄養になれば嬉しい。
 極端に言えば新聞の切り抜きでもよい。新聞やテレビの情報をもとに自分の提言をしてもよい。それらをメモして人間形成の一助としたいと勝手に考えた。
 研究課題の問題の吐露を書くかもしれない。前進せずに後退したとしても、前を向いて懸命に進み続けたいものだ。
 何もせずにじっとしてはいられない。淀んではいられない。この「いのち」はいつまであるか分からないのだ。私の脳の海馬に刻みつけたいことは何でも記したいと思う。
 随時に記すこととして、自分自身の教養を広げ、心の栄養としたいと切に願うものである。

大乗寺住職 干河岸昭信 (福島県田村市大越)

2007年1月17日(水曜日)

震災が教えたもの

カテゴリー: - admin-enjuji @ 16時54分49秒

阪神大震災で、6,434人の尊い命を落として12年。今年は13回忌に当たる。

被災地の各地で追悼行事が行われている。発声した地震は平成7年1月17日午前5時46分であった。

最も被害の大きかった兵庫県内では、当時を思い出し、未経験の人にも語り継がれている。

しかし現在、神戸に行ってみると市街地は整然として高層ビルが建ち並んでおり、その面影はあまり感じられない。

被災者は生涯忘れることのできない出来事であろうが、全体的に意識は希薄化しているという。

震災を機会にボランティア活動が盛んになった。

当時多くの人はこんなに発達した科学技術が一瞬にして破壊されるとは信じられない気持ちであったろうと思う。

こんな悲惨な状況をテレビで観た私も、躊躇することなく長年たまっていた約600本のタオル、毛布・シーツなどを郵便局より送った記憶がある。

ボランティアとは、世の中に役立ち、自分も生きがいを感じられることである。この時を機に日本中の人の意識が変わったと思う。

この時の被災者が、その後の中越地震や他の災害でもいち早くボランティアとして参加している。


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