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おおごえ大乗寺『こころの栄養』~MEMORANDUM~

 日常生活において、記憶に留めておきたい言葉に逢うことが偶々ある。しかし私が還暦を過ぎて齢を重ねるごとに忘却したり、メモしたものを紛失したりすることが増えてきた。
 他人とっては他愛もないことであっても、自分にとっては大切であり、感動を覚えたことをメモしておこうと思い立ち、ここに記すことにした。
 珠玉の稿を目指すものではない。自分の心をいくらかでも高めるための栄養になれば嬉しい。
 極端に言えば新聞の切り抜きでもよい。新聞やテレビの情報をもとに自分の提言をしてもよい。それらをメモして人間形成の一助としたいと勝手に考えた。
 研究課題の問題の吐露を書くかもしれない。前進せずに後退したとしても、前を向いて懸命に進み続けたいものだ。
 何もせずにじっとしてはいられない。淀んではいられない。この「いのち」はいつまであるか分からないのだ。私の脳の海馬に刻みつけたいことは何でも記したいと思う。
 随時に記すこととして、自分自身の教養を広げ、心の栄養としたいと切に願うものである。

大乗寺住職 干河岸昭信 (福島県田村市大越)

2007年1月21日(日曜日)

今日何がおこるかわからない

カテゴリー: - admin-enjuji @ 16時35分26秒

本堂に掲示している一枚の紙に書いたこの言葉は、現実に私の身に起こった。この原稿をワープロでたたいていたところ、急に動かなくなった。漢字への変換ができなくなったのである。

ワープロは、パソコンの普及で現在生産もされておらずすでに故障の修理も不可能である。

長年使用してきたので、不具合の時も多かったためいつか使用できなくなるとは考えていたが、まさかこんなに早くその時が来るとは意外であった。いろいろな文章を書かなければならないのに、と愚痴が出る。

今までは、パソコンの字は小さくて見えないし、操作も面倒なのでワープロを使い続けていたが、それも許されなくなった。

手足が自由に動くときは何とも思わない。五体満足なときはそれが当たり前と思っていたのに、ごこか故障が見つかると心配が絶えない。

心配があっても自分自身の身体を気遣う心が生まれたことに感謝したいものである。

いつ何が起こるか分からないのだから、現実逃避することなくパソコンをゆっくり覚えよう。


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